「誰にでもできそうな原始的な料理の中に、料理人の本当の実力が出 てしまう」
鉛筆1本で、繊細な色を表現できるか、質感を表現できるか、物や周囲の温度 、人間の感情とか、複雑に絡み合った光と影など、どれだけ表現できるかとい
うことです。白黒写真では、できないことをするには、見えるだけのものを映 すのではなく、そこに、自分が学習した理論を加えないといけないのです。見
える以上のことをしないと、そういうものは、表現できないのです。もっと正 確に言うと。実際に自分たちが見ているのは、見えていると認識できる以上の
ことを見ているのだと思います。見えていると思っていること以上のものを、 意識するには、理論が必要なのです。
と、ある人に話しました。
大学に入ったばかりの時、 油絵では、それなりの作品が描けるのに、デッサンがまるでだめな人が多いのに気が付いたことがありました。
抽象画を書くにしても、基本が必要でしょう。スペインに来てそう思います。抽象画から受けるインパクトが、非常に強い作品が多いのです。それは、基本的な物の見方ができているからでしょう。
私たちにインパクトを与えるイメージがどんなものか、解って制作しているのだと思います。写真では出ない、実在感を表現するには、あるものをそのまま映してはダメです。理論と共に、実在感のある具象画を書いているうちに、そこから受けるインパクトを、抽出し、それが、抽象画となる場合、その抽象画から、実在感を感じることができるのだろうと思います。
さらに私は、こういいました。
「見えているものと、見えていると思っているものには、誤差があるのですが、 多分、実際見えているもので、私たちが意識しているものは、氷山の一角のよ
うなものなんだろうと思うのです。その、海に隠れているものを見るためには 、「理屈」が必要なんです。光の反射の仕方などは、知識で補ったうえで、見
る訓練をしないと、見えてこないのです。ただ、潜在的にはみな意識していて 、だから、物が3次元で存在しているのがわかるんです。
初めに、このことを知らないと、人に絵を教えることはできません。「なぜ見 えないんだ!」って、中学生の時、先生に怒られたんですが、この先生は、自
分が見えているものはみんな、人にも見えると勘違いしていたんです。自分が 絵を習い始めたときのことを、すっかり忘れて。
高校の美術の先生群は、その点をよく理解していたので、物の見方を順を追っ て教えてくれました。そして、だんだん見えてきました。すると、自分の周囲 の世界が、ガラッと変わったのです。
そのことを、自分の生徒から聞いたときはとてもうれしかったです。おばあさ んなんですが、
「先生のおかげで、世界が変わった」といっていました。それを、私は生徒に 、一番経験してほしいと思っていたのでした。日常生活がどう変わるか、これ こそ、芸術を学ぶ際に、目標とすべき重要なポイントだと思います。」
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