Thursday 26 March 2020

翻訳業はつらいよ

日本語のProof readerのレイティングのためのテストがあった。
契約書の一部を、日本語に訳すというものだった。

結果は、平均的とあり、どこを間違えたかが指摘されていた。

Please note that regarding the part of clause 6.2, the translation is assumed to refer to only the present tense as in しているwhich is not adequate because the source explicitly refers to the present and the future.

 なんということ、この人は日本語を知らない人だ。

実際この指摘されている場所は、否定形の文章が来る。「していない」と私は書いた。これは、「している」の否定形だ。問題は、私のこの文章の時制が間違っているとのこと。
している も していない も同じ時制なのに。



However, I am using していない, that is the present tense but, negative form. I think that is correct.

と書くしかなかった。

翻訳業というのは、ターゲット言語を知らない人がクライアントなので、 いい仕事をしても、気づいてもらえないことがある。

なんてさみしい仕事だろう。

Tuesday 24 March 2020

基本的権利によって損なわれる基本的権利

男尊女卑は確かに存在する。しかし、女性の権利を掲げて戦っている人々の中には、何を求めて戦っているのかわからなくなっている人もいるのかもしれない。
女性が尊重されるとは、どういうことを意味するのだろうか。

仕事上の地位なのだろうか、賃金なのだろうか、それとも、自由意志を持つ人間として生きることを許される社会を求めているのだろうか。

果たして男性は、能力を正しく判断され、それに見合う賃金をもらっているのだろうか。そして、自由意志を持つ人間として、社会の中で扱われているのだろうか。

お腹の中の胎児は、どうだろう。これは命のない、ただの「出来物」なのだろうか。

堕胎は、胎児の基本的な人権を損なうことの名ではないだろうか。お金や地位のために、尊い命が奪われてゆくのは、非常につらい。たとえ親がレイプの犯人だとしても、この子供になんの罪があるのだろうか。感情的に子供を育てるのが無理ならば、里子に出す手もある。

基本的人権を主張する一方で、それを主張できない本当の弱者の人権が奪われているとしか思えない。

色々な事情があると思うが、、一人の人間の命よりも重い「事情」が実際、どのくらいあるのだろう。

Monday 23 March 2020

現状


コロナによって、スペインは封鎖状態。昨日、またその封鎖が15日間伸びたという知らせを聞いた。
買い物は、一家に一人だけ外出が許される。車はあまり走っていない。そのせいか、空気がきれいになった。景色が美しい。
仕事に関しては、オンラインなのであまり影響は出ていないが、この先、減るかもしれない。
小さいころから家で何かをしているのが好きだったから、外出しなくてもよいということで、ストレスは少ないぐらいだ。


人間の経済活動は、しばらくストップしたほうが良いのではないかと、美しい景色を見て感じてしまう。

Friday 6 March 2020

間抜け

私は、このブログで正直に、思ったことを書いているけれど、正直、何を書いても、どこか間が抜けているように思えてしまう。
公正かつ広い視野に立って物事を見て、それを表現したいと願ってはいるものの、私には能力の限界がある。

思考には時間がかかり、視野には限界がある。

でもどうせ書くなら、ちょっと探せば見つかるような考えではないものを書きたい。




忘れていた

 最近、音楽を聴こうという気分になった。それで、何を聞こうと探していたのだけれど、聞きたいものが特にない。それでも何か聞きたいので、まず マックス・リヒターが、アレンジしているビバルディの春は、気持ちがよかった。 その後、 ブラームス、それで何か、もっと新しくて、感動できるものと...