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Saturday, 19 October 2019

「都合の悪い現実」よりも実はもっと都合が悪い More inconvenient than "An Inconvenient Truth"

Al Goreのキャンペーン映画、An Inconvenient Truthという2006年年の作品がある。
温暖化というのは、人間の経済活動にとって都合が悪いというわけだ。
 その後、温暖化防止のために、各産業界は具体的な対策を取り始め、温暖化防止のための様々な法律を作っていった、
これが政治のキャンペーンに使用されるというわけだから、人間はこの時点でまだ希望を捨てずにいた。今もそうだ、人々は絶望から、薄紙一枚隔てて、希望に縋り付いている、

希望を持ち続けることは非常に重要なのだけれど、現実が絶望的であるということも見てゆかないといけない。どうやって???

まず、理解しないといけないのは、今、および予想可能な将来における人間の能力を把握しないといけない。それで、今ある問題を解決できるだろうかと問う。

実際、この方法で、現実を見ると、絶望的だということがわかる。環境だけの取り組みでは無理な話だ。問題は急を要するが、解決には、根本的な解決が求められる。根本的な解決というのは、時間がかかるし、常に、何らかの犠牲が求められる。犠牲を払う場合、優先順位の設定が求められる。根本からの解決に万事OKなどはない。

 さらに、絶望したように見られる問題の場合、一から物事を考え直す必要がある。自分の物事のとらえ方だったり、全く異なる分野からのつながりを求めたり。。。

環境問題の解決は、人間の存在意義を問うことにつながってくる。
そもそも、人間だけではなく、動物、植物、地球そのもの、宇宙全体が、なぜこうして存在しているのか、これを考えることが、唯一、希望につながってくるのだとおもう。

時にその答えは、人々がさげすむ、または意にも留めない事柄に隠されていることがある。

そもそも、この素晴らしい自然が、偶然に出来上がったと考えるほど、幻想的なことはない。そこに、創造者の存在を、本当に認めることができるなら、そこに希望を億個tができる。創造者が愛情を込めて作ったものを破壊する状況は、必ず取り除かれると考えることができる。

現実は、時に幻想のように聞こえ、幻想が、現実ととらえられることがある。メディアを介して、これが集団でおこなわれる。様々な言語があるので、これが言語ごとに行われることもある。自分のいる世界は、現実味を帯び、現実を幻想と思うものである。問題があるときは、こうした自分の世界から一歩離れて考える必要がある。

これは私にも当てはまる。

Wednesday, 16 October 2019

グレタさんに叱られて

多くの大人たちは、グレタさんの演説からお叱りを受けて、逆切れをしているようだ。彼女の演説の中で、実際、意味のあったデータは、あまり取り上げられていない。
どちらにしても、人間の手には負えない状況なのだけれど、希望がないと生きられない私たちは、希望を作り上げて、何とか生活をしている。その作り上げられた希望実現のための政策も実現できずに、一瞬でも長く生きようともがいている。

ある種の子供たちはというと、大人に、何とかしてくれとデモをしているけれど、実際、彼ら自身は、特に具体的な改善のための行動はとっていない。プラカードを持ってつっ立っている時間があれば、もっと環境について勉強するとか、ごみ拾いをするとか、電気消費量を削減するためにビデオゲームをやめるとかしたほうが、大人にアピールできるのではないだろうか。大人にアピールしても、まず、大人の環境問題の解決能力を期待することはできない。

グレタさんに、現実はもっと複雑なのだよと教えてあげようとする人もいるらしいが、そういうことを言う人物の多くは、悪事を、善行に見せかけるために複雑なことをして、のし上がってきたに違いない。まっとうなことを言っている人間に批判されたときに、言い返す手口として、「世の中そんなに簡単じゃない。」「まだ青い」「年を取ればわかる」というものもあるけれど。

彼女の言っていることは、決して間違えていない。あまりに当たり前のことで誰でも知っていることだろう。

ところである新聞記事に、温暖化よりも、その対策のほうが被害が大きいと書いた変な記事があったが、あまりのすごさに、コメントしようとしたら、コメント欄がない記事だった。世界の気温の上がり方は、たったの1.5℃とか書いていたが、1℃上がるということが、どんなにすごいことか、どうやら知らないらしい。有害な温暖化対策をやめて、今まで通り、がんばって利潤を追求し、貧困を広げないようにしようじゃないか。という話だったように思う。

貧困の原因がどこにあるかもわかっていないのだろうか。

以前、ソビエト連邦が崩壊し、ロシアとなり、ゴルバチョフの下で改革が行われた。今まで、上の命令でだけ動いてきた人々が、突然、命令ではなく自らの意思で労働しなくてはならなくなった。それで、一時的な経済の混乱があった。東ドイツの崩壊でも、そうだった。たとえ良い変化であっても、過渡期の一時的混乱は避けられないものだ。社会の思春期のようなものだ。しかし、やらなければならないことは、やらないといけないのだ。

環境問題を解決するためには、かなりの大きな変化が求められる。多分、人社会の基盤そのものをひっくり返さないと問題は解決されない。今まで、甘い汁を吸ってきた階級だけではない、この変化で一時的に苦しい思いをするのは、労働者階級や、貧困層も含まれるに違いない。かわいそうだけれど、これが現実だ。永遠に続く苦しみをとるか、一時的な苦しみをとるかの選択なのかもしれない。

でも、実は、手遅れなのだ。地球を創造した神以外解決できない。無神論者で、かつ非常に現実的な人間にとっては、とても苦しい時代だろうと思う。

忘れていた

 最近、音楽を聴こうという気分になった。それで、何を聞こうと探していたのだけれど、聞きたいものが特にない。それでも何か聞きたいので、まず マックス・リヒターが、アレンジしているビバルディの春は、気持ちがよかった。 その後、 ブラームス、それで何か、もっと新しくて、感動できるものと...