哲学というものは、悩みを解決するものではなく、悩みを認識させるものだと思う。
人生の目的についての答えを探すものではなく、その質問をさらに深めるのが、哲学なのではないかという気がして仕方がない。
数か月前にFacebookのアカウントを削除し、昨日は、Twitterをやめた。
Twitterは、本当に多くの人たちがいろいろなことを言っているけれど、それがみな頭に残って、いつまでもグルグルまわるので、時々神経を病みそうになる。そんなことを考えること自体、もうやられているのかもしれない。
それでも、何か得られるものがあるかもしれないと思って、美術館や、作家や、音楽家をフォローしてきたけれど、 なんだかつまらなくなってしまった。もしかしたら私は、ただ単に飽きっぽいのかもしれない。
Twitterで書いていたら、詩が書けなくなった。小さなストレスがこまめに発散されるので、詩を書く必要がなくなってしまったのかもしれない。もっと、爆発するぐらい何かを貯め込まないといけない。 でもこれも、言い訳なのかもしれない。
だからこれから、だれが見るとも知れないブログで心の内を綴ろうと思う。
Sunday, 24 March 2019
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忘れていた
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