砂嵐を体験した。
サハラからの砂があたり一面に広がって、 外の景色が見えなくなり、夕方には、あたり一面オレンジ色に包まれた。
カーニバルは中止。それでがっかりすることはないのだけれど、この日を目指して、一生懸命準備して来た人々は気の毒だ。
別の国では、コロナの影響でカーニバルが中止になったところもあるようだ。
サハラから待ってくる砂は「カリマ」と呼ばれる。これが、アレルギーを引き起こしたりもする。このカリマが、砂嵐になってやってきたら、アレルギーの人はつらいだろうな。
とりあえず私は、外には出ていないけれど、目がかゆい。
人にはいろいろ計画や目標があって、それを目指して努力をする。
でも、予期しない出来事があり、 その目標が達成できないこともある。
そういう状態に陥ったときに、人生そのものをやめてしまう人もいるだろう。
いろいろなものに命を懸ける人もいる。芸術家、職人、技術者、それから、愛する人に尽くすのが人生の目的のように感じている人もいる。これが自分の子供だったら、悲劇だ。子供は、いずれ親から独立して、一人の人間として生きてゆくから。
私は、何を人生の目標にして生きるかは、個人の選択で、自由だと思っているけれど、私自身は、仕事や、ライフワーク、人に尽くすことが、人生の目的にはなりえないと思っている。目に見える実績は、目標ではなく、結果だと思う。
人生の最大目標は、周囲の出来事に阻まれることはない、もっと、普遍的なものだと思う。
砂嵐で中止になるものは、最重要事項ではないのだと思う。
Monday, 24 February 2020
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