Saturday, 22 February 2020

Independence written by Felicia-J

Independence

A virtuous king sings love songs
His people are intoxicated with his voice
But he never loves them

The king poisons his people
with collective narcissism,
and in-group satisfaction

The king beautifies nationalism
It tastes like the sweetest wine
"Drink it and all suffering will disappear"

Independence, an empty treasure chest
Another form of enslavement
People call it "freedom"


独立するといっても、それによって問題が解決するわけではない。
自由、独立というのは、人々が問題の特効薬のように感じていて、必死になって求めるものだけれど、その実態が曖昧で、不確かで、不安定。
それを利用して、 自分でも本当は訳のわかっていない自由を約束する野心的な政治家たち。

独立の宣伝効果として、ナショナリズムが強調される。
一種の集団ナルシズムだ。

自分の居場所というものが、社会の中に存在するというのは、この上ない喜びだということは大いに認める。
ただ、多くの場合、そのきずなを強め、グループ内の自分の地位を上げるために、「敵」を作り上げようとする人々がいる。その敵が、別の人種、国、競合グループだったりする。そこに、大きな問題がある。
はじめは、純粋に良い動機で始まったものも、そういう野心的な人々によって、目的が捻じ曲げられる。これは、世界の政治的歴史を見ればよくわかる。物事の解決よりも、自分たちの地位固めを始める。

で、何が言いたいかというと、人間の政治には、希望がないということ。 じゃあどこに希望があるかというと、マタイ書6章9,10節にある通り。
この答えで、がっかりする人もいるかもしれないけれど、それには理由がある。
その理由は、またいつか書くことにする。


日本の怪    Mysteries in Japan (with English translation)

詩を書いた。日本語のほうは、あまり良い出来栄えではないです。

英語のほうが、メインだと考えてください。

 

日本の怪    Mysteries in Japan (with English translation)

苦しみをひたすら隠し
もののあわれを噛みしめる

俳句や短歌は物言わぬ表現
固定観念の中で
美しく理解される

非自己表現的、自己表現
主語のない文章
動詞は最後

理解しあっているような気がするというけれど
でも本当は、
きちんと話し合わなければいけません


Feeling beauty in ambiguity
Hidden pain and suffering
Secretly enjoying the pathos of things

Haiku and tanka are silent expressions
The beauty is appreciated
among people with similar ideas

Silent self-expression
Sentences without subjects
Verbs come last

Illusion of having mutual understandings
But real understanding always requires
a real communication

Unclear concepts are
covering over the country
just killing time by working hard

Tuesday, 14 January 2020

言い訳、言い逃れ、嘘、怠惰は人の性なり

人は、言い訳、言い逃れをし、嘘をつき、自己の怠惰に起因する問題に対する責任を逃れようとする。
人間とはそういうものだとあきらめておく方が、物事がうまくゆくらしい。




Wednesday, 8 January 2020

平和的多様性コミュニティというファンタジー

人の信条は様々で、同じ信条を持つ人であっても、その信じ方には違いがある。
自分の心情を表現したいという欲求や、それを他の人にも信じてもらいたいという強い欲求は、人間として非常に自然なものだ。それに加えて、周囲とうまく付き合いたいとも考える。
こうした状況下で試行錯誤を繰り返して発展してきた、多様性コミュニティというのは、まあまあ住みやすいだろうと思う。しかし、平和的で完璧な多様性コミュニティは、実現不可能だろうと思う。


どんな社会に住んでいようと、自分と人を同化してしまう傾向のある人は、自分の信じることを他の人も信じないといけないと考える。しかし、学ばない限り、普通は自他の同一視のままで大人になってゆくのだろうと思う。この部分がしっかりできていないと、他の人の信条を尊重し、自分の信条も尊重してもらうなどの関係は絶対にありえない。

加えて、個人の信条を、自由に、平和的に表現することができる社会の実現は不可能であろうと思うのは、人は、神を信じるのではなく、その時その時に現れる、政治的な影響力を持つ野心的な指導者に信仰を持つ。聖書やコーランは、時代と共に都合よく解釈される。競争や野心のある所には、思想の誘導があり、多様性が否定される。

さらに、多様性といっても、平和を実現するには、宗教の教えが平和を尊重していなければならない。宗教は本来気持ちの優しい平和的な人々をも、他の人の生存を脅かすような行動に駆り立てることができる。。

思想、宗教の自由は人間の基本的な権利とはいえ、その権利が完璧に擁護される状況は想像がつかない。それを追求することは、まるで、霧の中の的に矢を射るような感じだろうと思う。






Monday, 6 January 2020

温暖化を否定する人々

まずは、https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/58761?page=4 から引用します。
 地質学者ドン・イースターブルックの声も聞こう。「いまシロクマは1970年代の5倍もいるから、温暖化で苦しんでいるはずはありません。また、過去1万年の気温を振り返れば、現在より0.5~5℃も暖かい時期を生き延びたため、いま問題があるはずはありませんね」。

今朝読んだのですが、ちょっと読むと、確かな情報のように思えます。
しかし、この情報に何かが抜けているのがわかりますか。
そうです、ドン・イースターブルックがいつこのことを述べたかという情報です。
少し検索をしてみました。
以下の記事を見つけました。

https://www.theguardian.com/environment/planet-oz/2017/dec/19/checkmate-how-do-climate-science-deniers-predictions-stack-up

Cooling any minute

Don Easterbrook is a geology professor at Western Washington University who has been making predictions of imminent global cooling for the best part of two decades.
Easterbrook, a regular at climate science denial meetings run by the Heartland Institute, rejects the role of increasing CO2 and thinks that all you need for predicting future climates is to look at natural cycles of the past.
So in 2001 Easterbrook thought: “If the cycles continue as in the past, the current warm cycle should end in the next few years, and global warming should abate, rather than increase, in the coming decades.”
So it was any minute now for cooling. In 2006 Easterbrook said: “The current warm cycle should end soon and global temperatures should cool.”
In 2008 he wrote that his “predicted cooling seems to have already begun”.
That year he also wrote: “In a nutshell, in 2001 I put my reputation on the line and published my predictions for entering a global cooling cycle about 2007 (plus or minus three to five years), based on past glacial, ice core, and other data ... If the present cooling trend continues, the [United Nations climate change] reports will have been the biggest farce in the history of science.”
So, what happened?
According to NOAA, the following year, 2009, was the fifth warmest year on record, 2010 tied for the warmest, then 2011 and 2012 were relatively cool at the 11th and 10th warmest years. When the data was in for 2013, it was the fourth warmest year. The years 2014, 2015 and 2016 were all progressively ranked warmest on record.
That global cooling is just round the corner though. Any minute now.

さて、この博士が「いまシロクマは1970年代の5倍もいる」と言ったのは、ずいぶん前のことですね。その後、2006年に温暖サイクルはすぐに終わると述べています。
しかし、2006年から約13年たって、実際のデータを見ると、決して温暖化が終わっているわけではありません。

日本語のサイトは JBpressというサイトです。以前も、環境についてのひどい記事がありました。「地球の気温は1.5℃しか上がっていない」ということを書いていましたが、実は1度上がるだけでも、ものすごいことになるのです。温暖化対策は、人々を貧困に陥れるなどのようなことも書いてました。それも、もっともそうなデータを使って書いてましたが、そのデータの使い方には、疑問を感じます。

ついでにこのサイト、ニュース記事にコメント欄がありません。

なぜ、温暖化を否定したいのか、何か裏がありそうです。


Sunday, 29 December 2019

防衛とは

何を隠そう、私は小さいころから、徹底した反戦教育を受けてきた。親は、自衛隊すらも「軍」であるので、存在すべきではないと私に語っていた。理屈としては、「自衛隊すらも持たない国を攻撃するような国はない」というものだが、50年以上前は、こういう理屈も「なるほど」と思えたのかもしれない。今は、こんなことは誰も信じないだろうなと思う。

私は今でも、理想的な社会は、軍備が一切ない社会であると信じているのだけれど、現実問題として、今の社会体制に、この理想を掲げるのは無理だろうと思う。 米軍基地の周囲で、平和活動している人々の気持ちはわかるが、あまり現実的だとは思えない。

日本の自衛隊が、中東に派遣されるということで、これは、自衛隊の域を超えた、国際軍への参加なのではという意見もあるようだけれど、実際、日本国を守るためには、日本にとどまり敵の侵入を待つだけという理屈は、現在ではもう通らないのではないだろうかと思う。
国際社会の一員として、日本の責任というのもあるだろうし、そして防衛とは、侵入する敵を待つのではなく、敵に侵入されないよう措置を取ることだとも思う。

私は、地球上のに国境がある限り、本当の平和というのは到来しないと信じている。
平和を求める人々、環境の改善を求める人々が、多大な努力を払って活動しても、それを成し遂げるための土台が今の地球には存在しない。

私の希望は、戦争のない地球なのだけれど、これは、平和運動では成し遂げることはできない。平和運動では、人間の生き方、人生の目的など問題の奥の奥までは追及できない。人類が求めてきた重要な質問の答えが出せない限り、環境の問題も、戦争の問題も続いてゆくだろう。

 以下、イザヤ2章4節
New International Version
He will judge between the nations and will settle disputes for many peoples. They will beat their swords into plowshares and their spears into pruning hooks. Nation will not take up sword against nation, nor will they train for war anymore.







Saturday, 7 December 2019

日本人の読解力の低下

日本人の読解力が低下している。
日本の読解力低下=“考えが違う人”との議論少ない? 若新雄純氏「立体的な思考が必要」

残念なことだけれど、私もそれをひしひしと感じる。
考えが違う人との議論が少ないことが、一つの原因として挙げられているけれど、確かにそれは事実だと思う。
私の考えとしては、まず、考えが似ている人と話す際、話が予測できるので、きちんと話を聞かなくなるし、話し手も、いろいろなものを端折って話せばよい。そうであれば、確かに、表現力も読解力も身につかない。

この記事の中には、紙の本を読むことを進めていたが、紙の本は確かに、しっかりした文体で書かれているものが多い。一理ある。
しかし、オンラインの記事の多くは、校正が入っていないものが多く、日本語の文法の間違えが多くみられる。
翻訳の日本語原稿で、きちんとした日本語で書かれたものは少ない。
日英訳の本当の難しさは、そういう日本語を理解することだと思う。文意を読み取るということ、それを英語で表現すること。

忘れていた

 最近、音楽を聴こうという気分になった。それで、何を聞こうと探していたのだけれど、聞きたいものが特にない。それでも何か聞きたいので、まず マックス・リヒターが、アレンジしているビバルディの春は、気持ちがよかった。 その後、 ブラームス、それで何か、もっと新しくて、感動できるものと...