Tuesday, 14 April 2020

新しいものを受け入れる元気がない社会

Youtubeで時々、音楽を聴く。モダンクラッシックは、Max Richter、Arvo Part、それから、ミニマリストの音楽、18世紀後半の印象派などの音楽が好きでよく聞く。
しかし、ちょっとユニークなものを探そうと思うと、かなり難しい。ステレオタイプのリラクシゼーション音楽が、たくさん出ている。画像が結構面白くて、期待して聞き始めるのだけれど、つまらなくなってしまう。なんだか、深みが無くて、加工食品を食べているような感じがする。

新しいものは、理解するのが難しい。新しいといっても、ある程度、人々が持っている共通の概念の中にはまっていなければ、ただの雑音と化してしまう。
素晴らしい音楽は、それを受け入れる器を持つ、聴衆が必要だ。
それでも、ユニークなものは、鑑賞する側にそれなりのエネルギーを要求する。

社会が疲れると、そういう元気が人々の中から消えて行ってしまう。

それを最近、何となく感じる。

Friday, 10 April 2020

あぁぁぁ!家にいられる。

家に閉じこもるのが楽しくて仕方のない私は、いつもの日常に戻ることがだんだん怖くなってきた。
小さいころから、家にいるのが好きで、母は、何とか私を外に出そうと、いろいろ工夫をしていたのを覚えている。お昼を外で買って、お山の上で食べたりした。シャボン玉が好きだったので、良く買ってくれた。シャボン玉は、お外で遊んでねと言って。
 ほっておくと、家の中で、暗くなるまで一人で遊んでいた。本をよんだり、お絵かきしたり、折り紙したり、周囲に友達がいなくても、まったく不自由を感じなかった。

学校は本当に嫌いだった。不自由だし、うるさい。特に、給食は、学校で一番嫌いな時間だった。一番好きなのは、テストの時間。静かで、一人で黙々と何かができる。

コロナのロックダウンでは、罪の意識を感じることなく、ずっと家にいられる。 コロナで苦しんでいる人たちには、申し訳ないけれど、私には、ストレスが軽減されている機関だ。

Thursday, 26 March 2020

翻訳業はつらいよ

日本語のProof readerのレイティングのためのテストがあった。
契約書の一部を、日本語に訳すというものだった。

結果は、平均的とあり、どこを間違えたかが指摘されていた。

Please note that regarding the part of clause 6.2, the translation is assumed to refer to only the present tense as in しているwhich is not adequate because the source explicitly refers to the present and the future.

 なんということ、この人は日本語を知らない人だ。

実際この指摘されている場所は、否定形の文章が来る。「していない」と私は書いた。これは、「している」の否定形だ。問題は、私のこの文章の時制が間違っているとのこと。
している も していない も同じ時制なのに。



However, I am using していない, that is the present tense but, negative form. I think that is correct.

と書くしかなかった。

翻訳業というのは、ターゲット言語を知らない人がクライアントなので、 いい仕事をしても、気づいてもらえないことがある。

なんてさみしい仕事だろう。

Tuesday, 24 March 2020

基本的権利によって損なわれる基本的権利

男尊女卑は確かに存在する。しかし、女性の権利を掲げて戦っている人々の中には、何を求めて戦っているのかわからなくなっている人もいるのかもしれない。
女性が尊重されるとは、どういうことを意味するのだろうか。

仕事上の地位なのだろうか、賃金なのだろうか、それとも、自由意志を持つ人間として生きることを許される社会を求めているのだろうか。

果たして男性は、能力を正しく判断され、それに見合う賃金をもらっているのだろうか。そして、自由意志を持つ人間として、社会の中で扱われているのだろうか。

お腹の中の胎児は、どうだろう。これは命のない、ただの「出来物」なのだろうか。

堕胎は、胎児の基本的な人権を損なうことの名ではないだろうか。お金や地位のために、尊い命が奪われてゆくのは、非常につらい。たとえ親がレイプの犯人だとしても、この子供になんの罪があるのだろうか。感情的に子供を育てるのが無理ならば、里子に出す手もある。

基本的人権を主張する一方で、それを主張できない本当の弱者の人権が奪われているとしか思えない。

色々な事情があると思うが、、一人の人間の命よりも重い「事情」が実際、どのくらいあるのだろう。

Monday, 23 March 2020

現状


コロナによって、スペインは封鎖状態。昨日、またその封鎖が15日間伸びたという知らせを聞いた。
買い物は、一家に一人だけ外出が許される。車はあまり走っていない。そのせいか、空気がきれいになった。景色が美しい。
仕事に関しては、オンラインなのであまり影響は出ていないが、この先、減るかもしれない。
小さいころから家で何かをしているのが好きだったから、外出しなくてもよいということで、ストレスは少ないぐらいだ。


人間の経済活動は、しばらくストップしたほうが良いのではないかと、美しい景色を見て感じてしまう。

Friday, 6 March 2020

間抜け

私は、このブログで正直に、思ったことを書いているけれど、正直、何を書いても、どこか間が抜けているように思えてしまう。
公正かつ広い視野に立って物事を見て、それを表現したいと願ってはいるものの、私には能力の限界がある。

思考には時間がかかり、視野には限界がある。

でもどうせ書くなら、ちょっと探せば見つかるような考えではないものを書きたい。




Monday, 24 February 2020

砂嵐

砂嵐を体験した。
サハラからの砂があたり一面に広がって、 外の景色が見えなくなり、夕方には、あたり一面オレンジ色に包まれた。

カーニバルは中止。それでがっかりすることはないのだけれど、この日を目指して、一生懸命準備して来た人々は気の毒だ。

別の国では、コロナの影響でカーニバルが中止になったところもあるようだ。

サハラから待ってくる砂は「カリマ」と呼ばれる。これが、アレルギーを引き起こしたりもする。このカリマが、砂嵐になってやってきたら、アレルギーの人はつらいだろうな。

とりあえず私は、外には出ていないけれど、目がかゆい。


人にはいろいろ計画や目標があって、それを目指して努力をする。
でも、予期しない出来事があり、 その目標が達成できないこともある。

そういう状態に陥ったときに、人生そのものをやめてしまう人もいるだろう。

いろいろなものに命を懸ける人もいる。芸術家、職人、技術者、それから、愛する人に尽くすのが人生の目的のように感じている人もいる。これが自分の子供だったら、悲劇だ。子供は、いずれ親から独立して、一人の人間として生きてゆくから。

私は、何を人生の目標にして生きるかは、個人の選択で、自由だと思っているけれど、私自身は、仕事や、ライフワーク、人に尽くすことが、人生の目的にはなりえないと思っている。目に見える実績は、目標ではなく、結果だと思う。

人生の最大目標は、周囲の出来事に阻まれることはない、もっと、普遍的なものだと思う。

砂嵐で中止になるものは、最重要事項ではないのだと思う。

忘れていた

 最近、音楽を聴こうという気分になった。それで、何を聞こうと探していたのだけれど、聞きたいものが特にない。それでも何か聞きたいので、まず マックス・リヒターが、アレンジしているビバルディの春は、気持ちがよかった。 その後、 ブラームス、それで何か、もっと新しくて、感動できるものと...